つぶやき

2013年11月 1日 (金)

15年ぶりにインドネシアの旧友と東京にて再会

しばらく前のことになりますが、9月下旬に六本木ヒルズでFestival Indonesiaという在東京インドネシア大使館主催のイベントがありました。

このイベントにあわせて、なんとソロから知り合いの歌手とダンサーが来日することが判明。

Indonesiafestival2013

歌手はエンダ・ララス(Endah Laras)さんという女性。

この人はスミヤントが高校生の時にソロでとてもお世話になった人。大学時代は同じ町にいたのに会うことはなかったらしく、なんと15年ぶりに六本木で再会しました。

ダンサーとして来日していたのはダナン・パムンカス(Danang Pamungkas)さん。彼は私が留学中まだISI(ソロの芸術大学)の学生でした。今は伝統舞踊の踊り手として、またコンテンポラリーダンサーとして世界中で大活躍しています。彼とは約10年ぶりの再会でした。

Indonesiafestival2013_0

 

エンダさんは、10月にも再来日。To Belongというプロジェクトに参加しています。11月下旬に長野で行われる公演のために、現在東京に滞在し、リハーサルを行っているようです。

To Belong project
2013年11月28日(金)・29日(土) 茅野市民館(長野)
インドネシア×日本 国際共同制作「To Belong -cyclonicdream-」

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2012年1月 8日 (日)

浜松のガムラン

ひかりちゃん(新幹線)に抱かれながら舞ってる富士山が僕を迎えにきた。15号列車の煙草の煙に包まれて、富士山の裾野にお早うと言った。

浜松、初めて足を運んだ。 1月7日~8日、浜松市楽器博物館のガムランを録音に参加した。ランバンサリガムラングループと共に二日間で綺麗なガムランをメロメロした。

その録音はsiter/シトル(お琴みたいな楽器)、suling/笛、gender penerusなどをまかされました。初めてのガムランで慣れてないembatなのでシテルの音階の調整はすごく難しかった、とくに、slendroの曲。ある意味いい経験でした。

PS.この時の録音のCDが2013年6月に発売されました!

浜松市楽器博物館コレクションシリーズ44
ジャワ・ガムラン〜インドネシア中部ジャワ 青銅打楽器の輝き〜
演奏:ランバンサリ
企画・制作:浜松市楽器博物館
定価 3,045円

http://lambangsari.com/201306lambangsaricd/

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2011年7月17日 (日)

嬉しい涙

6月24日に愛知県扶桑中学校での演奏が終わって、学校から出て東京に戻ってる時ずっと扶桑中学校の皆さんの笑顔が浮かんでて、出会えてよかったなと思っていました。

自分が興奮してしまってしようがなかった。 扶桑中学校に着いて体育館を案内してもらって、あらっまあ、こんなに広いんだと体育館に入ってガムランの音量と体育館の広さを比べて後ろまでガムランやシンデン(女性の歌手)の声がきこえるかなと心細かった。

今まで東京で見た小学校の体育館と比べると2−3倍位の体育館。 ガムラン楽器の準備が出来て一休みして、まずは練習をしました。

驚いたツ!後ろから全体のガムランの一つ一つの楽器の音やシンデンの歌声はきれいに聞こえてよかった。ステージでpenabuh(プナブ=楽器演奏者)も問題なくガムランの音が聞こえて演奏しやすくて素晴らしいアコースティックだった。

練習最中に生徒たちが先生の指示に従って椅子を並べ始めた。「曲がってるぞ!」だとか、「まっすぐなってないぞ」だとかの先生の声といすの音とガムランの音と本当に気持ちよかった。ジャワでの結婚式やお祭りの雰囲気のような感じだった。

その日、Rofitさんとひろみさんは大阪から手伝いに来て下さった。久しぶりにジャワ語を話して懐かしかった。

いよいよ本番だ。一部は、演奏と踊り。suwe ora jamu, ngguyu, sang lelana, beksan golek manis,学生たちは姿勢をしっかり伸ばして耳を済ましてガムランの演奏を気持ち良く聞いた。少なくとも20人位は座って眠っていた学生はいた。暑くてガムランを聞くとそよ風になでられているように眠りやすい。

一曲やって楽器や曲の説明して、また演奏してというかたちで一部終わりました。

二部はワヤン、影絵芝居だった。ガトコチョ(gathotkaca)の誕生という題名で、1時間位やった。一部と違って、ワヤンのときは会場は真っ暗にして、影を映すための電球一個だけ照れされていた。暗くて、隣にいる友達が見えないからか一部と違って、生徒は皆落ち着いてリラックスして楽しめた。

一部はガムランコンサートだったからか、皆真剣な顔で聞いてた。冗談を言っても笑ってくれなかったが、二部はよくジョークやギャグに受けてくれて、笑ってくれた。良かった。

7月15日に扶桑中学校からの手紙が来た。ドキドキしながら封筒を開けた。wowと一人で叫んだ。演奏のDVDと写真データと生徒たちが書いてくれた感想が入ってた。真っ青な夕方の西の空が茶色に変わっり始めたばかりを眺めながら、扶桑中学校の風景を浮かびながら、一枚一枚感想を読んだ。いつの間にか瞳の角にダイヤモンドが集まって重力で膝に落ちた。感動した。 皆、楽しんでたな。

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2011年6月18日 (土)

アサンテサーナでのライブ

いよいよ今日ライブ本番です。くもりだけど、雨は大丈夫そう。 すでに定員に達したそうです。うまくいくといいのですが。 プログラム:第1部 踊りと曲演奏第2部 ワヤン「青い花」 これが終わると、来週愛知県の中学校での公演があります。これは充実した内容ですが、残念ながら非公開。

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2011年5月10日 (火)

wegang sulanjari

自分は歌うのが好きで、今度の6/12のランバンサリの演奏でbawa をやるように頼まれて嬉しい。

昨日5/9、ランバンサリスタジオで初めてSekar ageng wegang sulanjariのbawaを歌って、少し変わった歌なので、石橋を叩きながら歌いました。 Sekar ageng wegang sulanjari の wiledanは 難しくはないけどambah-ambahanは難しくて、jinemanも二回あって(普段のsekar agengは一回)ある意味、特徴的で良い歌だ。 耳を済ましてgenderのthinthinganを聞きながら歌わないとヤバい。楽しもう。(スミ)

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2011年4月23日 (土)

偶然の出会い

先週末、新宿御苑までお花見に行ってきました。 桜の満開のピークは過ぎているからか。または、今年は自粛モードだからか、例年よりは人が少ない印象。

まだ八重桜は咲いていて、とっても暖かく、のんびり過ごすことができました。 新宿御苑.jpg

お昼を食べ終わると3歳の息子が、ある親子のところへ遊びに行ってしまいました。そこはお父さんと2歳ぐらいの男の子のコンビ。

しばらくしてスミヤントが迎えに行きました。すると息子は、「お父さんはインドネシア語なんだよ」と相手に教えてあげたそうです。 相手のお父さんは、「インドネシアですか。この間インドネシアに行きましたよ。」

日本人がよく行くのはバリなので、そうかと思えばジャワ。しかもソロ。おまけにスミヤントが卒業し、私も留学していたソロの芸術大学で公演をしたということが判明。

そのお父さんは、実はコンテンポラリーダンスのダンサーだったんです。 道理で、あぐらをかきながらも背筋がまっすぐで姿勢がいいと思っていたのです。

コンドルズというダンスグループ。 今までもジャカルタで公演をしたことがあったけれど、今回はソロだったとのこと。 それにしてもすごい偶然。それなりに広い御苑で、しかも大勢のお客さんがいる中で、偶然出会った人がソロの、しかも私たちが学んでいた大学に行ったことがあったなんて。

新宿御苑2.jpg

コンドルズの公演は見たことないですが、ウェブサイトを見るとなかなかユニークなダンスグループのようです。 機会があったら見に行きたいと思っています。(亜矢子)

PS 今調べたところ、3月下旬にソロ公演はあったよう。ほんのちょっと前に帰国したところで新宿で会ったんですね〜。

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2011年3月 4日 (金)

ガムランの数字

ガムランのbalungan(楽譜)で使ってる数字は 1、2、3、4、5、6、7です。ジャワ語で言うと 1=siji, 2 =loro, 3=telu, 4=papat, 5=lima, 6=enem, 7=pitu ですが、ガムランのbalunganでは読み方が変わる。1=ji, 2=ro, 3=lu, 4=pat, 5=ma, 6=nem, 7=piと読む.

なぜ大体後ろの母音だげ言うのか:
1.ジャワ人は人の名前を呼ぶ時は後ろの名前(母音)を呼ぶ。例えば、Joko (男の人の名前)、呼ぶ時は"KO", Sugiyem(女の人の名前)は、"yem"と呼ぶ。

2.siji〜pitu は全ての数字は二つの母音であるので一つの母音になるように後ろ母音を使ってる。do, re,mi,fa,so,la,si,doと同じだ。

pitu/7だけはPi (前の母音)を言う、なぜかというと、7272 (こういうbalungan(ガムランの楽譜)があったとすると)、もし後ろの母音で言うと tu ro tu roになる。tu ro というとjawa 語で言い間違えたり聞き間違えたりしたら、失礼な言葉になるからだ。だから 7272(pi ro pi ro)になってる訳だ。

曲の名前の時は、着いてる数字はそのまま読む。例えば:1。Gambir Sawit gendhing kethuk 2 kerep minggah 4 = Gambir Sawit gendhing kethuk "loro" minggah "papat" 2。Kaminari gendhing kethuk 8 kerep minggah 16= Kaminari gendhing kethuk "wolu" minggah "nem belas" 3535677.232567

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2011年2月17日 (木)

十年ぶりの思い出

Jineman kandhegという曲がある。この曲は、jinemanの中でも私が一番好きなjinemanである。

初めてこのjinemanを弾いたのは 高校2年生の時だった。同級生にそのjinemannを教えてもらった。irama dadi (一つのガムランのテンポ)だげでやって(大体のjinemanはirama dadi/irama wiledからirama rangkepに変更)とってもシンプルな曲で歌いやすいjineman。

高校生の時、一人でgender(ガムランの中に重要な楽器)を弾きながら歌ったりしていた。しかし、なぜか分からないけど、このjineman kandhegは、高校時代から大学卒業までに参加した演奏(ワヤンとクルネガン)で、聞いたりやったりはあまりなかった。

この間、2月13日に大阪のhana jossガムラングループでの演奏会でjineman kandhegを聞いた。さらに、3人のsindhen(ガムランの歌手)が交代で歌ってた。すごく感動した。3人とも素敵に歌ってた。

十年ぶり以上、jineman kandhegを耳にした。残念ながら、歌っていたsindhenの名前は忘れた(酔っぱらってたからかな)。また、その美しい歌声、素晴らしいガムランの魂で癒されたい。

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2011年2月14日 (月)

Hana Jos ハナジョス

12-14 Pebruari saya libur dan main ke Kyoto dengan keluarga (Genki anakku, Ayako istriku).

Ini pertama kalinya saya ke Kyoto, kota yang cantik dan ramah.

Selama 3 hari putar-putar menikmati suasana kota tua.    

Pada hari minggu, 13 Pebruari ada klenengan di studio Hana Jos, 30 menit dari Kyoto.

Karena kebetulan dekat dan rasa ingin berkenalan lebih dekat dengan teman-teman kelompok gamelan Osaka, maka saya meminta izin mas Rofit (Hana Jos) supaya diperbolehkan ikut klenengan.

Senang sekali dapat ikut, dan bertemu dengan berbagai kelompok gamelan Osaka.    Gayeng, rame, banyak makanan,semakin lengkap karena banyak yang bisa berbahasa jawa/Indonesia.

Dari lancaran, ketawang, ladrang, gendhing, jineman, kethoprakan, ayak-ayakan mengalir bersama suara emping dan hangatnya teh, ditambah gelak tawa anak-anak yang bermain JOSSSSSSS. Rasanya seperti klenengan di desa-desa di jawa, klenengan sekaliiiiii.

(大体の日本語訳)
2月12日から14日まで京都へ初めての旅行に行きました。古都の雰囲気を楽しんできました。

13日の日曜には、ハナジョスという大阪のガムラングループでクレネガン(ガムランの演奏会)があったので、遊びに行きました。

ハナジョスにはロフィットさんというジョグジャ出身のガムラン演奏家がいます。 とてもにぎやかでした。また、参加者の多くはジャワ語やインドネシア語を知っていて、それらも飛び交い、いろんな曲を演奏して、お茶もあったりと、まるでジャワの本場のクレネガンのようでした。

(※)ハナジョスのブログにも同じ件についてのってました。こちらから>>

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2010年9月19日 (日)

アジアの旅

九月5日の外の気温がまだまだ真夏のように暑かった。

その日は川崎国際交流センターでスミリールガムラングルップの演奏がありました。

そよ風のようなガムランの音が静かで穏やかでだんだん気温が下がって、インドネシアのジャワ島のどこかの涼しい村にいるような雰囲気でした。 ほとんどのお客さんは初めてガムランを聞いて、初めてガムランを見た人が多くて聞き慣れない音階やリズムなどを聞いて珍しいなと思いながら、ガムランの柔らかさに気持ち良く休ませて癒させました。

第一ステジはガムラン演奏とジャワ舞踊で、第二ステジはワヤン(影芝居)でした。ジャワ舞踊は根津亜矢子で、ダラン(人形使い)はスミヤント(sumiyanto)でした。

一時間半位の短い時間だったがジャワの風景、ジャワガムランの素晴らしさを日本の皆様に伝われました。(スミヤント)

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